留まり悔やみ臆せず進まず 気が付けば、吐く息が白い。 もう冬か、と口には出さずに呟き、刀の位置を少し直してから袖の中に手を引っ込める。 何の気なしに見回せば、江戸の町を往く人々の格好も随分と暖かそうな装いに変わっているのに気付く。 別に季節感を忘れる程に多忙だった訳ではないのだが、気付いたら季節が移っている、などと感じて仕舞うのは果たして年齢の所為だろうか。 はあ、とついた溜息もまた白く立ち上る。普段は目になど見えない感情が息遣いから見えるのは余り好きではない。 土方は再び羽織から手を出すと煙草を取り出してくわえた。煙の中なら幾ら溜息をつこうが幸せが逃げようが知ったことではない。カチカチと何度か失敗しながらも火の無事についた煙草からヤニの臭いを肺に吸い込んで思い切り吐き出せば、吐息より濁ったそれは冬の冷たい風に吹き散らされて直ぐに消えて行く。 曇りつつある空とそこに散る紫煙をたっぷり数秒は見上げてから顔を前方に戻した所で、土方の眉間に皺が寄った。 「あんま溜息つくと幸せ逃げんぞー」 「溜息に負けずに残ってくれてたのが、たった今秒速で逃げてった」 「俺はお前の不幸せですか。ってかその言葉そっくりその侭投げ返しても構わねェんだけど?」 「ったく、折角の休日だってのに幸先悪ィな」 もともと重そうな目蓋を更に狭めて半眼になって返して来る銀時をちらと一瞥し、土方は再び煙を吐き出す。今度もまた溜息の意味で。 そうする内に正面に居た筈の銀時は土方の横に付いている。歩き出せば続いて来る為、銀時の元来た方角に戻る形になるのだが、当人に気にする様子はない。特に用があって歩いていた訳ではないのだろうか。思って土方は口角を下げた。 「暇なのか。全く平日の昼間っから羨ましいご身分だな」 「まあ自由業とは言え一応は社長様と言う身分だからな。敬いの気持ちや態度はいつでも歓迎してるぞコノヤロー」 「するか馬鹿。つーかテメーどこまで付いてくる心算なんだよ」 「あっれ。オメーなんか顔色悪くねえ?ひょっとして寒いんじゃねーの?」 「別に寒かねーよ。……っておいコラ誤魔化すな」 後頭部を横から伸びた手に掴まれ、ぐき、と無理矢理に顔を銀時の方に向けさせられそうになったところで土方は乱暴にその手を払った。銀時は払われた手と土方の顔とを暫しの間見比べていたがやがて、今日は両肩を通した袖の中に腕ごと引っ込めた。寒かったのかも知れない。 それきり何事もなかった様に再びぷらぷらと隣を歩く銀時を見て、土方の頭に真っ先に浮かんだのは先程と全く同じ疑問だった。「どこまで付いてくる心算なんだ」。だが、一度はぐらかされたそれを繰り返すのも何だか馬鹿馬鹿しい。そもそも偶然行き先が同じ──来た方角に戻っておいてそれは無いと思ったが──だけかも知れない。 いつもの様に眠たげな目蓋で平然と隣に居る男の姿を見れば、自分ばかりが何故煩わされなければならないのだと、理不尽に苛立つ感情が沸き起こる。 (…こうなりゃ持久戦だ。何処まで付いて来る気か知らねェが、付いてこれるもんなら付いて来てみやがれ) 自棄の様にそう決意すると、土方は殊更に悠然とした風情で歩を進め始める。実の所を言えば自分も銀時と大差ない。特に目的地があった訳でもなく、非番だし雑務も無く暇だったのと昼食後の腹ごなしとにぶらりと出て来ただけだ。 そんな土方の内心を知ってか知らずか、銀時は横に並んで歩いている。連れ合いと言えばその様な、言われなければそうでもない様な、微妙な距離を相変わらず保ちながら。 特に積極的に話を振るでもなく、時々独り言の様な世間話めいた言葉を思い出した様にぽつりと投げて来るほかは、何でもないのだと言う様に。 「朝の天気予報でも言ってたけどよ、本当に雪でも降って来そうじゃねえ?」 寒いのか肩を縮めながらそう言ってくるのに、「そうだな」と適当に相槌を打ちながら、交差点を横断してひとつ裏の道に入る。この先には土方の行きつけの食堂がある。確か銀時もよく通っている馴染みの店だ。 (飯が用なら、ここで降りるか…?) 期待なのかそれとも落胆なのか、眉間にだけ困惑を潜ませた侭、土方は少しだけ歩調を落として食堂の前を通り過ぎた。横目でちらりと伺うが、銀時も足を止める様子はない。行き交う雑踏に知り合いの姿でも見つけたのか、丁度振り向き様に彼は誰かと挨拶を交わしている。それでもやはり銀時の足が止まる様子は無かった。 「………」 小さく溜息。白い吐息ではなく煙がふわりと立ち昇った。 その後も、ファミレス、サウナ、映画館、甘味処、と同じ様に通り過ぎるものの、銀時はその何れにも立ち寄ったり、入ろう、と提案することもなかった。 「…………」 短くなった煙草を棄て、新しい煙草をくわえてから溜息をつく。溜息を誤魔化す為に吸っている訳ではないのだが、これで何本目だろうか。いつもならば考えない、そんな事を思わず考えて仕舞う。それ程までに無目的に横を伺いながら歩き回るのは暇な作業だった。 ライターを探るフリをしながら横を伺ってみるが、銀時は矢張り変わらずそこに居た。先程より寒さが気になるのか、両袖を合わせて身体の前で腕を組んでいる。 (どこまで付いてくる心算なんだ……) これを口に出来たら楽なのだろうが、今更言い直すタイミングでもない。第一散々自分の目的地になりそうな場所を通り過ぎた後だ。ただ銀時を試そうと歩き回り続けていた事まで芋蔓式に言う羽目になりかねない。 (寒いんだろうになんで付いて来るんだ、帰るなりなんなりすりゃ良いだろうが…) そう土方は胸中で呻くが、思えば自分も羽織一枚重ねただけでは少々寒さが気になる塩梅だった。雪の降りそうに雲の厚い空の下、真冬用ではない格好で、二人して江戸中をぶらぶらと、一体何をしているのだろうか。 「まーた大雪降ったりしたら、雪祭り的な何かやんのかねえ」 「……さぁな」 「アレ第二ラウンドは血風散る雪合戦だったし、結局賞金出ねーしで散々だったんだよな。俺寒いの嫌いなのによー…」 「……そうか」 袖の中で腕を擦りながら、随分と重たくなった曇天を赤くなった鼻で押し上げる様に天を仰いで、銀時。特に相槌が必要な気はしなかったが、無視をするのも妙な気がしたので、余り気は無く投げて、土方は草履の先に視線を落とした侭歩き続ける。 (…………帰りゃ、良いだろう) 口からは出ない呟きを混ぜて、気鬱な色をした煙が寒風に散らされて行くのに任せ、土方は歩き慣れた市街に足を向けた。繁華街から少し外れて、商店や飲み屋が静かに立ち並ぶ一角。 行き交う人々の、寒さを避ける様な急ぎ足の向こうにはいつもの様に佇む家屋と看板が見える。『スナックお登勢』そしてその上には『万事屋銀ちゃん』の文字。 一階のスナックにはもう暖簾が上げてあった。時計など確認していない上、生憎の曇り空で時刻など判然としなかったが、長いこと歩いていた事を考えればもうそんな頃なのだろうと気付かされる。 視線だけで見上げた二階には灯が入っていなかった。家主がこんな所を歩いているのだから当然なのかも知れないが、神楽や新八は居ないのだろうか。思うが、口には出さず視線も遣らない。 そうして土方は──銀時は──万事屋の前を通り過ぎた。 「……………」 溜息ではなく、煙だけを吐き出した心算で居た。実のところ自分でもどちらなのかは解らなかった。 (何で、帰らねェんだよ……) 呻くのとほぼ同時に、変わらぬ風情で横に並び、口元から寒そうな白い雲を量産している銀時がこちらを向いていた。何かを話しかけていた様だが、聞いていなかった。「ああ」適当にも程のある相槌を投げ捨て、土方はその侭慣れた道の延長を行く事にした。 (訳解らねぇ) 銀時の行動か、それとも自分の行動にか。抜いて着物の中に仕舞った掌を強く握り固めると、土方は足を真選組の屯所の方角へと向けた。 自然と早足になるのは寒いからなのか、変わらず付いてくるものを振り切りたかっただけなのか。 溜息にせよ煙にせよ、振り払いたかっただけなのか。 (訳が、解らねぇ) どうかしている。これならば外になど出ないで、部屋で暇でも潰しておけばよかった。一人で稽古でもしていればよかった。 (こんな寒い中、会いたくも無ェ奴に遭遇して、町中歩き回って……、) どうかしている。 もう一度自嘲めいた呟きを胸中にだけ落として、土方は顔を起こした。そろそろ屯所の外壁に入る頃だ。正門からだと見張りの隊士にこんな様を見られるだけだし、無用に畏まらせるだけだろうと考え、勝手口から帰ろうと決め込む。 勝手口は正門よりも、こちらの方角から見れば手前になる。あと五分もかかるまい、と計算し、土方は携帯電話を取り出した。短縮登録から山崎へと発信する。 「勝手口、誰かに言って開けさせとけ」 一言だけで通じる用だ。応えは待たず通話を切ると、携帯電話を元通り袂に放り込む。 銀時の方には振り返りもしなかったが、土方がもう帰ると言う事ぐらいは当然知れただろう。これで結果的に無意味に町を歩いていた事を半ば肯定して仕舞ったのも同然だったが、適当に散歩でもしたかっただけであって、ずっと付いて来ていた誰かさんへのイヤガラセなんて事は決して無いぞ、と自分に言い聞かせておく。少なくとももしも訊かれたならば、そう言い訳をする心算でいた。 そうする内、見慣れた外壁の続く区画に出る。元は剣術道場も兼ねていた武家屋敷を接収した真選組屯所の敷地は可成り広大だ。見た目の古さを裏切る近代設備も内部には備えているが、建物全体は改修をせずに使用している平屋なので、無駄に土地が広いのは当然と言える。 最近発足した見廻組などの警察組織は近代化と効率化の波に乗ってか、官公庁舎の多い都市部のビルを使用していると言う。町で起きた事件に直ぐ駆けつけられると言う点では便利そうだが、住処を兼ねた場所だと思えば、不便さや無駄な広さがあると言えど矢張りこの屯所に勝るものはないと土方は思う。 そんな、帰って来た、と言う安堵感を憶えた事に土方は密かに顔を顰める。寒い江戸の町からか、それとも。 勝手口に辿り着いた所で、土方は尽きそうだった煙草の吸い殻を棄てて草履で揉み潰した。隣だったのがやや背後からになった視線に気付かない訳では無かったが、無視をして戸に手を掛ける。 だが、まだ山崎は来ていないのか、戸には重たく閂が掛かっていた。開かない入り口を前に土方は舌打ちをする。 (……、クソ) 新しい煙草を出そうとして止める。そんなに長い時間、こんな気まずい空気の中に立って居たくなどない。 予想通りに訪れた沈黙を、呼吸の痛みに喘ぐ様に飲み込んで、溜息を隠す。今日だけでどれだけ幸せとやらを逃したのか。救いようもないしどうでも良い。 外壁に背中を預けて立ち、視線は目の前の男にではなく、低くのし掛かる様な空へ。 ぐし、と、くしゃみと同時に洟をすする音が聞こえる。昼過ぎからずっと雪の降りそうに寒い中を、何が楽しいのか人に付いて回っていたので冷えたのだろうか。当然だ。 一休みをして暖を取れそうな場所だって何度も通った。それどころか家の前まで。それでも降りなかったのだから、風邪を引いたところで自業自得としか言い様がない。気遣ってやる謂われなど土方には無い、筈なのだが──、 「風邪引くたァ、弛んでる証拠だな」 取り敢えず表面だけは淡々と他人事の様に土方がそう言うと、奇しくも同じ様に空を見上げていたらしい銀時の顔が戻って来て、むっとした様に返して来る。 「そう言うオメーも鼻スゲー赤いぞ、職業トナカイ並に。そもそもこれ風邪じゃねーし?だって俺別に寒くないからね?寒かったら家でコタツに心までくるまれてアイス食ってる所だし?」 「洟垂れそうな奴には言われたくねぇ。第一、普通のトナカイは鼻赤くねぇんだよ」 鏡など見た訳ではないが確かに鼻も耳も痛いので、赤い、と言う銀時の指摘も苦し紛れの攻撃ではないのだろう。だからこそ図星に殊更不機嫌に返す土方に何を思ったのか、銀時はそれ以上は返して来なかった。その代わり少し持て余す様な風情で半歩、近付く。 (──、) じゃり、とブーツの下で摺られた砂の音が妙に大きく聞こえて、土方は傍目殆ど変わらない筈のその空隙に狼狽えた。止めたくて、咄嗟に口を開く。 「寒いならテメーも帰りゃ良いだろ。俺ァもう帰るんだ、──し、」 (しまっ、) 失言に舌打ちをするのが先だったか、言葉に込められた何かのスイッチが押された方が先だったのか、銀時の詰めようとしていた半歩が、大きな一歩に転じた。 壁を背にした土方に覆い被さる様に両腕を付き、真正面から落ちる影。吐息の混じりそうな近くに、同じ高さの銀時の顔がある。 「俺は、別に、寒くねぇから、な?」 先程まで歩いていた時の距離感が自然なものであったとすれば、これは些か近すぎる距離の筈だ。縮まりも遠ざかりもしなかった筈の空隙を埋めて、恰も言い聞かせる様に同じ言葉をゆっくりと諳んじて、笑いかけて来る顔。 「やっぱりお前の方が鼻赤ェし。強がんなよ土方くん?」 掴み所のないその笑い方は、常の彼の気怠そうな雰囲気に似ていて少し違う。上手く言い表しようのない、だがそれに気付いて仕舞ってはいけない様な気がする。 「お…、い、、」 触れそうな距離をかすめて唇が俯いて下がって行き、とす、と肩口に置かれる銀時の額。土方の視界には冽たく冷えた銀色の頭部だけが見える。 壁についていた銀時の両腕が移動し、片方は自らの凭れかかる土方の腰に、もう片方は首の後ろから後頭部に触れた。 (体、冷てェ…) 熱は暖かい方から冷えた方へと移動する。だから触れれば解る。相手が冷え切っているのぐらいは簡単に。……或いは相手より自分が寒いのか。 触れた面積の狭さに合わない、それよりも余程雄弁に伝わる意思表示に、土方は頬の内側を強く噛んだ。 わけがわからない、と三度目の溜息を困惑の侭漏らした時、勝手口に近付いて来る足音に気付いて我に返った。 「、離れ」 「強がるなよ」 ぐい、と、自らに凭れている銀時の両肩を掴んでその身を引き剥がす刹那に、そう、囁く様な声が取り残された。 じゃりり、とブーツが砂を噛む音。土方が顔を起こせば、銀時は既に先程の距離に立っていた。 「これが、」 お前の望む距離だろ。 銀時の唇の動きが刻んだ言葉は果たしてそれが正解だったのか。問い返す暇はなかった。反芻して考える暇も無かった。 「お、ひょっとして待たせちまったか?寒いのに済まなかったな、トシ」 閂を外す音と共に勝手口が開かれ、顔を出したのは近藤だった。 「近藤さん?なんでアンタがわざわざ、」 局長が自ら戸を開けに来るなど普通はない。意識をそちらに戻した土方は咄嗟に、電話した先を間違えたかと狼狽えるが、返って来るのはそれを払い除ける笑い声。 「いや、丁度出ようと思っていた所だったんでな、頼まれておいただけだ。それよりトシぃ、お前も偶には一緒に行かないか?」 私服の袴姿の近藤が得意げに袖から取り出して見せるのは、スナックすまいるの会員証。どうやら今晩も懲りずに志村妙の元に通うらしい。土方は呆れ混じりの溜息をついてかぶりを振る事で否を返す。 「そうかぁ。じゃあまた…って、アレ?そこに居るのは万事屋か?珍しいなお前ら」 「てめーのストーキング行為も珍しいって言われる様になった方が良いんじゃねぇのそろそろ」 「ストーカーじゃない、れっきとした客だ!お妙さんを永久指名する為なら何度通っても構わん!」 「……局長が遊興に耽ってる、とか妙な風評だけはつけられねぇ様に気を付けてくれ」 問いとは角度の違う応えを返す銀時に、こちらもまた更に角度の違う返答をする近藤。土方は頭を埋めた手に再びの溜息を落としつつ一応釘は刺しておく事にした。無駄かも知れないが。 よいしょ、と大きな体を縮めて勝手口をくぐって来た近藤の手には二本の番傘が携えられていた。そのうち片方を、ほれ、と渡される。 「?」 思わず疑問符を浮かべる土方へと近藤の手が伸びて来て、頭の上でひらひらと手を振られる。ひやりとした温度に思わず見上げてみれば、払われてぱらぱらと頭から細かい雪の粒が落ちて行くのに気付く。 「……降って来てたのか」 いつの間に、とは飲み込んで、土方は掌を空に向けた。ぽさ、と落ちた雪は直ぐさま体温に溶け、水になって冷たい。 「道理で寒い訳だよ。やっぱ結野アナの天気予報は大当たりだったな」 言いながら、黒みを増した空を見回す銀時。そちらを見ながら、自らの傘を開いた近藤が口を開く。 「ほら、お前らも早いとこ解散して帰った方が良いぞ」 「オイオイ。警察が雪に降られた一般市民を夜道に放り出すんですか?」 「……仕方ない、雪が止むまでなら屯所で休んで行って良いぞ。トシ、すまんが万事屋に湯ぐらい貸してやっといてくれ。後で何を言われるか解らん」 「おい、近藤さん…、」 こいつは、と言いかけて土方は言葉を呑んだ。銀時の目は批難と言うよりは嫌味めいた色をしていたが、風評云々と言われたばかりの近藤には人としての道理の様な面で気になったらしい。それを咎めると言うのであれば、それ相応の理由の説明が必要になる。例えば、こいつが冷えているのは一日中土方と共に無駄に歩き回った故の自業自得なのだと言う様な。 「…………わぁったよ。オイ、行くぞ万事屋」 良い様に踊らされている様な気がするが、それ以上に気になる点は幾つもあった。それは気にかけてはいけない部位である気はするのだが、こんな所で雪に降られて論ずるものでもない。 行って来る、と手を振る近藤を、気を付けてな、と見送ってから、土方は勝手口をくぐった。傘を、続けてくぐって来た銀時に手渡し、閂をかける。 そこで、開かれた傘の下から手招きされる。 「早く入れよ。頭、雪積もってんぞ」 「……テメーもだろうが」 銀髪頭には目立たないが、と思いながら、土方は傘の下に入った。傘の柄を中心に、二人とも肩が少しずつはみ出して、雪がそこにはらはらと落ちて来る。 先程までの距離と、殆ど同じぐらいの空隙。肩に雪が積もっても、言う通り頭にはこれ以上積もらずに居る。 気遣いなどない。お互い干渉も特にする必要のない、だが完全に排した訳ではない、そんな距離だ。体温も解らない。知る必要もない様な、自然な有り様。 (……俺が、望んだ距離?) 囁かれたばかりの言葉が刺の様に喉に刺さった。 強がるなよ。そう、飲み込む様に諭す様な声音と共に。 我知らず、明瞭な溜息が白い吐息になって昇った事に気付いた土方は顔を顰めるが、「あっちだ」と玄関の方へ銀時を促して、それを誤魔化しておく事にした。 * 山崎に妙な顔をされ、沖田には何故かドSな笑みを向けられ、他の隊士らにも概ね同じ様な反応を受けながら、土方は銀時を連れて夕食と風呂のコースを終えた。 「近藤さんに一般市民を放り出すなと言われた」のと「部外者だから勝手に歩き回らせらんねェ」の二つを説明と言い訳とに駆使しながら部屋に戻ったところで、今まで溜まっていた疲労感がどっと押し寄せてきた。思わず頭を抱えて深く溜息をつく。 「幸せ逃げるっての」 「〜だから、今日の最初で既に逃げ切ったって言ってんだろ。じゃなきゃこの展開、有り得ねぇ」 「オメーな、有り得ねぇとまで言うか」 最初に憶えた感想は強ち間違ってもいなかったのかも知れない、と思いながら、土方は自分の座布団に腰を下ろして項垂れた。 「おー、初雪にしちゃあ結構降って来やがったなァ。異常気象ってやつか?」 言いながら銀時はがらりと縁側の障子を開けた。入り込んで来た寒気に誘われる様に土方も見遣れば、夜もとっぷりとふけた真っ暗な庭に、室内の灯りを受けた白い雪がぼんやりと浮かび上がって見えた。地面を埋め、庭木にも少なくなく覆い被さったその上に、絶え間なく雪が更に降り積もって行く。 「山手線とかストップするレベルだよコレもう。なあ、まさかこんな大雪の中一般市民放り出したりしねェよな?」 裸足の足で逆足の脛をがしがしと掻きながら、銀時。先程近藤に向けたもの同様、警察、と言う立場以上に人としての道理を問う様なその言い種に、土方は煙草を取り出しながら渋々思う。本当に幸運が溜息の数かそれ以上逃げて行ったとしか思えない天の配剤──否、イヤガラセだ。 「……しゃーねぇな、泊まってきゃ良いだろ。但し真選組(うち)の朝は早ェからな。例外は認めねえ」 反撃にもならない切り返しだな、とは思ったが態度には出さず、土方は煙草に火を点けて一息つく。 「土方さん、旦那の分の布団持って来やしたぜ」 そこに、廊下側の襖を引き開けて沖田が顔を覗かせた。器用に枕を指先に乗せてくるくると回しているその後ろから、冬用の布団を抱えた山崎が「失礼します、副長」律儀に頭を少し下げる様な動作をしつつ入ってくる。 「…お前じゃなくて山崎がな。つーかお前ら何でそんな行動早ェんだよ」 「この大雪でさァ。どうせ旦那、帰れなくなるだろうと思いやしてね。気ィ利かせた心算だったんですが」 「いやー助かったわ。気が利くねぇ沖田くん」 「……俺の事はスルーですか。まあ別に構いませんけど」 同意し合っているドSコンビの横で、山崎がぶつくさと言いながら来客用の布団を畳の上に下ろす。その侭拡げてセッティングしていくのを見て、「オイちょっと待て」土方は思わず声を上げていた。 「はい?あ、位置悪かったですか?」 「じゃねぇよ、何でここに敷いてんだよ。ここ俺の部屋だろうが。修学旅行じゃねェんだぞ」 「何言ってんですかィ土方さん、一般の隊士達はここと同じ広さの部屋で六人くらい布団敷いてんですよ。それに比べりゃ旦那の一人や二人、なんて事もないでしょう。第一、部外者を単独にしておくなァ、機密の問題的にもマズいんじゃねェんですかィ?」 問われた山崎の代わりに至極最もな言い分を寄越して来る沖田だが、その表情に諧謔味溢れるドS成分が潜んでいる事を土方は見逃さなかった。 「ならテメェが泊めてやりゃいいだろうが。俺ァこんなの一人も二人も御免だってのに。体良く面倒な事押しつけやがって…」 「その面倒なのを連れて来たのは土方さんでしょうが。布団持って来てやっただけでも感謝して欲しいくらいなんですがねィ。俺達が来なけりゃ、布団一つに枕二つと言う悪夢が現実になる所でしたぜィ」 「そん時ァこんなの押し入れにでも放り込んどいたに決まってんだろ」 「ちょっと君ら、面倒なのとか悪夢とかこんなのとか、なんか人の呼称にしては心に刺さる言葉が聞こえて来るんですけどー?」 「ま、精々仲良くやって下せェ。はい旦那、これ枕です」 睨む土方と呻く銀時の両方共を綺麗に黙殺すると、沖田は手にしていた枕を銀時にほいと手渡した。「それじゃあお休みなせェ」去り際にまたしても含みのあるドSな笑顔を残して去って行く。 「……あの野郎め」 フィルターを噛み潰して仕舞った煙草を掴むと、乱暴に灰皿に押しつけながら土方は疲労感にがくりと肩を落とす。そうする内に布団を敷き終えた山崎が立ち上がった。 「この雪ですし、局長の所には車迎えに出した方が良さそうですね」 「ああ……頼む」 「……大丈夫ですか副長。まあ…なんて言うかその…、頑張って下さいと言うか気を付けて下さいと言うか」 疲れた様に言う土方の肩をぽんと叩きつつ、山崎はちらりと銀時を見て、それから遠慮がちに襖を閉じた。廊下を足音が遠ざかって行く。 「………………何、俺お前らにどう思われてる訳?どんな生き物なの?」 心外だなとこぼしながら、銀時は沖田に渡された枕を布団に置いた。よっこらせ、と言いつつ立つと勝手に押し入れを開き、土方の使っている布団を引っ張り出して敷き始める。 「沖田くんも言ってたけどさぁ、旅館がヘンな気遣って一組の布団に二つの枕でドッキリ☆なんてのァ、アレ都市伝説みてーなもんだよな。普通無いよーあんなの」 「……」 もう相槌を打つ気にもなれなかったが、一応見てみると銀時はそんな頓狂な事やら、隣同士にぴったりと布団を寄せる様なあからさまな真似はしていなかった。布団は普通に二揃え、近くも遠くもない位置に並べている。 「このへんで良いだろ?縁側のが良いって事は無ェよな、寒ィし」 「…ああ」 土方の注視をダメ出しとでも判断したのか、縁側の障子を閉じながら訊いて来る銀時に、適当に頷きを返す。 望んだ距離だろう、と言われた言葉がじわりと拡がる。確かにその通りなのかも知れない。思ったらまた溜息が自然と漏れた。 幸せ、と指さし口パクで銀時が言って来るのを無視して、土方は探ろうとしていた煙草を机の上にぽいと投げた。布団の上に移動して掛け布団を捲る。 「…十一時。オメーこんな時間に寝んのか。健康的だねぇ」 「今日はオフっつたろ。残務も無いし明日に備えた方が良い。さっきも言ったが、朝は五時起きだからな」 「マジでか」 「昼が朝なてめーと一緒にすんじゃねェ。朝稽古がある時はもう一時間早い」 言いながら布団に潜り込むと、土方は手だけで部屋の隅の灯りを示す。 「俺はもう寝るが、てめーは好きにしろ。但し人に迷惑だけは掛けんなよ。あと、寝る時にはそこの灯り消しとけ」 言うだけ言って枕に頭を落とすと、どっと一日の疲れが脳内で凝って行く。 本当に、幸先が悪いと思ったその通りになった。寒い中、半日を無駄に歩き潰して、何処までも付いてくる奴に気を揉ませられ、挙げ句にそいつを部屋に泊めてやる羽目になろうとは。 確かに溜息はつき過ぎたかも知れないが、それにしては幸せが逃げたどころか、運に類する全ての要素が負に包まれて仕舞っていた気がする。 布団を頭まで引き上げ、土方は銀時の布団に背を向けて転がった。無駄な一日も、降って来た雪も、面倒な遣り取りも、全てが鬱陶しい。 (コイツが、早く帰ってりゃこうはならなかっただろ。一体何が楽しくて……寒くないなんて言い切ってまで人の後付け回して、) そこまで考えた所で、はっとなって土方は起き上がろうとした。が、途端、だん、と上から強く両肩を押された。動けない。 「──てめ、」 蹴り上げようとした足の上に加重。ばさ、と布団を捲り上げたそこに、銀時がのし掛かる様に座っていた。片足で足を踏む様に封じ、両腕で肩を体重をかけて押さえられ、土方には相手の肩を押し返そうと足掻く事ぐらいしか出来ない。 気を付けろ、などと言う山崎の冗談めいた忠告だか心配だかが土方の脳内にひととき蘇って、思わず奥歯を強く噛んで銀時を睨み付けるが、彼はそれに何の痛痒も感じている様子がなかった。 先程勝手口の前で押さえ込まれた時もそうだった、普段では有り得ない距離。考えもしない体勢。そこまで踏み込んでおいて銀時は、ただその距離感に酷く似つかわしくはない様な奇妙な表情を浮かべるばかりでいる。 「これはお前の許せる距離じゃねェんだよな。なァ、一体何処からならその内側に入れてくれんの。それとも扉蹴破って入らねェと駄目なの」 問いの様にしか聞こえない言葉は、土方を今押さえつけている手足同様に強制力のある言葉の如く響いて耳朶を打つ。がつんと殴られた様な衝撃に土方は咄嗟に反論か逆上かを吼えかけ、然し寸でで留まる。どちらにしてもその問いに対する肯定にしかならないと気付いて仕舞ったからだ。 いつからそれを明確に悟ったのか、許したのかは最早定かではない。ただ、気付けば彼は微妙な距離で、時折それを越えて手を伸ばして来て、振り払って一歩を開こうとする土方を、真っ向から見つめていた。知っていて黙っていた。 それを、好意の類であると思った事は無い。同情であるとも。それらでもしもあったとすれば、土方は疾うに銀時の事を振り払えていた筈だ。 互いを嫌ったり意地を張り合ったりする隙間に入り込んでいたのは、一種の共感に似たものだった様に思える。負では決して無い、どちらかと言わずとも正としか言い様のないそれに、無理矢理好意と名をつける必要性は無い様に思えたから、土方はそれを互いに敷いた隙間、丁度良い距離感なのだと捉えていた。 これがお前の望む距離か、と。囁かれたその通りに。それがギリギリのラインを保った隔絶であると、口には出さずとも土方は態度で示していたし、銀時も自然とそれを理解していた様に思える。 故に。何故今こうして、こんな形で乗り越えられたのか。過ちの様な、裏切りの様な、騙された様な、理不尽な怒りが土方の裡に沸々と涌いて来る。 「万事屋…っ、」 「俺は」 土方が奥歯を軋らせながら呼ぶのと同時に、銀時も静かに口を開いていた。体勢が体勢だからか、除けようとする土方が力を必死で込めているのと対照的にも、銀時の方は平然としている様に見えた。 「今日一日、待ったよ。お前が、付いてくるな、って言うのはいつだろうかと、肝を冷やしたり期待したりしながら。待ってた」 何をするんだ、と問い返そうとしていた声が、空気ごと凝固して喉で乾いた。 「でも、お前は一遍も言わなかった。挙げ句、やっと言ったかと思えば、寒いから帰れ、と来たもんだ」 硬直する土方に構わず、銀時は、はあ、と溜息をつくと、 「俺は寒くないって言ったろ。おかしいけど、お前に比べりゃ寒さなんてどうでも良くなっちまうだなんて、まるでガキの恋愛みてーに」 そう、はは、と乾いた笑いを浮かべてみせる。 「……少なくとも、寒いからお前置いて帰るなんてしねーよ。手ェ届いてたら、寒そうなお前引っ張って帰ってた」 銀時に押さえ込まれている事も暫し忘れ、土方は唇を噛んだ。体中の血が一瞬で冷えて、そして怒りに似た感情に沸騰しそうになるのを堪え、唸る様に低い声だけに、その感情を乗せる事を許した。 「勝手ばかり抜かしてんじゃねぇ。てめぇがどうだこうだ言うのなんざ、俺の知ったこっちゃねぇよ」 唇に乗った血の味は、搾り出す様な銀時の声と、降って来た、力も効力も無いつまらない一瞬だけの口接けに掻き消された。 「ならなんで、お前はあの距離を許してたんだよ。町中回って、俺が、寒かろうが何時になろうが離れる気が無ェって事ぐらい、理解出来てた筈だ」 血を舐め取る様な口接けには嫌悪も抵抗も湧かなかった。ただ土方は、拒絶を明確に示そうとはしなかった──必要無いとすら判じていた、己にあった自覚に対して痛烈な自己嫌悪を憶える。 「なあ、」 お構いなしに降ってくる銀時の声を、叶うならば耳を塞いで閉め出したかった。 今回のことは──否、それまでもだ。確かに銀時だけが何かおかしいと言う訳ではない。いつの間にか彼の居る場所をあの空隙に収めて、心地よさすら憶えない程に日常として馴染むに任せておいた、土方自身にも責任はある。 何故黙って許したのか。 彼の向けてきたそれが、好意と言う名前では無い事に安堵していたのか。 好意ではないが、明確にそれは、土方の抱える世界や、日常や、あらゆるものに浸透するものであるのだと、はっきり示されて居たと言うのに。 ……応えが必要な、ものだったと言うのに。 「お前は何で、俺を諦めようとするの」 放たれた最後の一歩は致死の毒。無知と無関心とを装い、ただ気付かぬフリをして応えを呑み込んだ土方に対する明確な攻撃。 銀時を払い除けはせずに、ただ自分がそっぽを向く。背後から呼び戻そうとする声や腕を気付かぬ風情で払って、再びいつもの空隙が空くのを待っていた。一定の距離感が欲しかった。 何故なら、そうしないと、 「真選組(ここ)以外を何で、何もかも諦めちまうんだよ」 一番大事なものが、手からこぼれて消えて仕舞いそうだった。 「──ッ、当たり前だ!」 胸の裡の遙か深くで煮えたぎった窯がぶち撒けられた様に、土方は声を上げた。見上げた銀時の表情は酷く深淵で、苛立ちは土方にではなく、どこか別のものに向けられている。恐れもなく慈悲もなく。 「俺は手前ェみてぇに器用でも適当でもねぇ。俺の中はいつでも俺の護らなきゃなんねェこの場所だけで手一杯だ。そんなのは俺が命懸けてでも護るって決めたもんだけで良い」 真選組だけで良い。その遵守すべき役割だけで良い。 自分自身が何かを得ようなどと──思う必要すら無い。 「………てめぇを気にするのも、てめぇに気にされんのも、護られんのも……、どちらも真っ平御免だってのに」 熱を孕んだ空気と裏腹に肚の底は冷え切り、憤りや後悔や矛盾を訴える感情がどっと押し寄せて来ていた。 深く吸って吐いた息が、我知らず震えている。 「……」 のし掛かっていた銀時の片腕がそっと肩から退き、土方の後頭部を撫でる様に置かれた。片腕は自由になった筈なのに、何故か力も気力も指先まで萎え切って仕舞っている。効力の無い言葉と同じ様に。 「……繰り返そうか。でもお前は、あの距離を俺に許してくれただろ。俺がそこで待ってみる事を黙って許してくれただろ」 不似合いなほど静かな声で銀時は言う。強がるなよ、と。 「背負うもん、護りてェもん、護らなきゃならねェもんなんざ、増えれば増えるだけ重てェ。時には手前ェの足下すら危うくする事だってある。踏み潰されて下敷きになるかも知れねーし、一緒に転んで怪我するかも知れねぇ。 そんなのは解ってるし、知ってるさ。──でもな」 吐息。そしてまた掴み所なく笑って、揺れる銀髪。 「俺はお前と違って欲深なんだよ。だから、手前ェの抱えたもん以上に、生きてるだけ嵩張って行くばかりの護りてぇもん達も全部。全部だ。諦めねェで抱えてやる」 何もこぼすものか、と、誓いの様に小さく呟くと、銀時は残ったもう片方の肩からも、押さえつけていた手を退かした。足も膝で立って解放すると、土方の背に両腕を差し入れて器用に抱き起こしてきた。どこか茫然とされるが侭、肩口に顎が乗って、項に鼻を当てる様に力を込めて抱き締められる。 「お前が俺を諦めたって、俺はお前を諦めねぇ」 他意も邪気も何もない、真っ向からの言葉に断じられ、土方はほんの少しだけ息を吸った。自らの敷く空隙を抜けて、時折伸ばされる手の温度と同じものが肺にじわりと満ちるのを、涙を溢す様な痛みと共に憶える。 とっくに気付いてはいた。その空隙に銀時が、万事屋が、得体の知れない男が、棲むのを許したその時には、もう恐らく。 ただそれは好意と名付けるには相応しく無いものだ。特別に在って欲しい訳ではなく、況して相手から同種の感情が欲しい訳でもない。 (ただ、居るだけで良かった、だけだ) だって初めから対等では無かった。彼に負けたあの時から、殺された筈の自分の心だけがそこに取り残されて仕舞った。その跡に戦利品の様に掲げられたのは、鏡に映った様にあからさまな、口惜しさや鬱陶しさや嫌悪に程近い感情。そしてそれに拘わらず伸べられようとしていた手。土方の知る、万事屋と己との関係を作った鋳型。 「………厭ならそれでも良い。本当にそうなら言えよ。付いてくるなって、会った瞬間に払い除けてくれよ」 背に回された手が一瞬震えて、それから掻き抱く様に強くなる。払い除けろと言いつつもそれを忌避する様に。 たった今、何かの瓦解したそこに踏み込んで、刃を手に希う様なものだ。諦めようとする土方の腕を無理矢理掴んで、引き擦り出そうとしている。 (空け放しだと……、寒いってのに) 言い訳はそれで良い。流されない様に、間違えない様に、土方は恐る恐る銀時の背を抱き返した。 確かに、これは好意でも同情でもありはしない。 縋るものでもなく、寄る辺でもなく、ただの理解だ。期待に寄り添う棘にも似た、唾棄出来ない憧憬や相似した魂を孕んだ、狂おしい程の理解だ。 「本当、どうしようもねーけど。お前がさ、真選組の事しか考えらんねェのも解ってて、俺を何処に置けば良いのか持て余してるのも解ってて、でもそんなお前だから諦める気になれねェんだよ」 はあ、と頭の後ろで溜息をつかれ、土方はここに来て初めて微笑む事が出来た。銀時からは見えないところで、密やかに口を歪める。 「……幸せが逃げるんじゃなかったのか?」 「逃がしてやれねぇから良いんだよ」 「…………俺はお前の幸せかよ」 く、と喉に混じった笑い声にも拘わらず、「ああ」と真顔の様な銀時の頷きが返って来て、土方は苦しさを誤魔化す様に、溜息未満の息を喘ぐ様に溢した。 温かなそこでは吐息も白くない。僅かに笑んだだけの様な息遣いしか聞こえなかった。 私的な酷薄…じゃない告白篇ラスト。ほんとこの二人、どっちかが譲歩しないと強がり平行線で終わるよね…。 手に余る思い弄んで、きれいな溜息だけで物を語る。 |