intocht 「だから、情緒が大事な訳よ。風情とか、まぁ言い方は何でも良いんだけどよ」 言いながら吐き出した溜息は自分ながらかなり酒臭かった。そんなに量を重ねた覚えは無かったのだが、酔っている気配は確かにある。自分でそう思うのだから間違いない。 「ほう」 狭い屋台の狭い席、隣り合って座る土方の、如何にも適当な相槌に目を細めると、銀時はぴんと立てた人差し指を彼の顎先にびしりと突きつけた、 「なァ、よく考えてもみろや。宗教には尻軽女並に軽いこの国らしいっちゃあ『らしい』話だろ?」 …つもりが、目測を誤って顎に当たる。爪が当たって痛かったのだろう、土方は迷惑そうな表情を浮かべながら頤を反らした。片手の煙草を、暫し迷った挙げ句に灰皿の上へとそっと置く。 「宗教云々より、単に祭り事全般が好きなだけなんじゃねェのか」 「だから、理由とかはこの際どうでも良いんだよ。『この日』が世間一般でどんな扱いになるのか、問題はそこだよ」 指の突きつけられた顎は億劫そうに反らされているし、表情もなかなかに面倒そうな、うんざりとした質である。然しそれでも取り敢えず怒ったり怒鳴ったりする気配は土方には無い。 そこだよ、と重ねて銀時は思う。思って、半ば絡み酒になっているのは承知の上で、屋台のカウンターの陰に置いた片手でこっそりと握り拳を作る。 「つまりだ。クリスマスっつぅ季節行事に、俺らは何でこんな鄙びた屋台でおでんなんて突き合ってんだ?」 気合いを込めた銀時のそんな問いかけに、顎を更に反らした土方の眉間に僅かに皺が寄る。だがその唇が反論だか適当な相槌だかを紡ぐより先に、声を上げたのはおでん屋の親父であった。 「オイコラ、鄙びた屋台ってのァ聞き捨てなんねェぞ。こんな日でもてめーらみてぇな客が居るから、俺っちもこうして店開いてんだ。本来ならこちとらとっとと店じまいして、家で女房子供とケーキの一つでも突きてぇ所だよ」 全く、と、皺の目立つ顔に乗せた仏頂面と共に言いながら、おでん屋の店主は手にした串の尖端を銀時と土方の額に交互に突きつけて凄んでみせた。 師走の終わり、年の瀬も近づいている時期で、日中よく乾いて晴れた夜は酷く冷える。そんな寒々しい川沿いの街路に、ひとつだけぽつりと目立つ赤提灯。 寒いからこそとっとと酒でも飲んで暖まりたいと思ったのは、橋の上で待ち合わせて歩き出した銀時と土方とどちらも同じ思いだったらしい。柳の木の傍に置かれた屋台に、まるで砂漠でオアシスでも見つけた時の様な心地で駆け寄って、温かく美味しそうなおでんの湯気に包まれて仕舞えばもう、座ってから流れる様に注文を投げるのは誰にも止められはすまい。 そうして熱燗に熱々のおでんを頬張って、人心地ついた所で銀時は、当初の計画と言うか考えを思い出した。それで話を振った訳なのだが。 「悪ィな親父。ここで店を開いててくれて助かったってのは本当の話だ。酔っぱらいの戯言って事で一つ、な?」 むすりと不機嫌顔を形作った銀時からまともな言葉が出るとは思えなかったのか、土方は取りなす様にそう言いながらやんわりと、顎に突き刺さる勢いだった指ごと銀時の手を除けた。 すれば親父は「解ってるよ」と言いたげに手をひらひらと振って、おでんの具を窺う作業に戻って仕舞った。 別におでん屋の親父に対してどうこうと思うつもりはないし、どちらかと言えば土方と同意見だったのだが、タイミングと言うものがある。銀時は唇を尖らせて酒をちびりと舐めた。 (好きな奴と家でケーキでも突きてェのはどっちだと思ってんだよ) 言葉には出さずに溜息をつくと、銀時は再び煙草を手に取った土方の横顔へと視線を戻した。酔いに似たものの勢いを再び借りてしゃべり出す。 「クリスマスったらアレだろ?聖夜だか性なる夜だかそう言う感じじゃん?いや別にそこまで即物的じゃなくても良いけどよ、やっぱこう…〜、あるだろ、何か」 「風情とか?情緒とか?さっきから抜かしてる奴の事か」 再び言い募る銀時に、カウンターに肘をついた土方はやれやれと息を吐いてみせる。眉間には先頃取り除き損ねた皺が刻まれており、「面倒くせェなあ」と言いたげな本心がその態度からはありありと透けて見えていた。 「そう、それだよそれ。ホラもう俺とお前の仲じゃん?そう言うのツーったらケーみたいな感じで解ってくれたりとかさ?」 言いながら一升瓶を勝手に取ってその侭傾けようとしたら、それを手で遮って土方は頬杖をついて首を傾げた。もう片手を伸ばすと銀時の分の猪口に蓋をして、これ以上のアルコール摂取を遮る。 「ツーったら普通はカーだろ。……なんだ、てめぇやっぱ酔ってんのか」 「酔ってねぇよ?ませんとも!」 「解った解った、酔ってんな」 「だから酔ってねェって!」 振り上げた握り拳を、カウンターに叩き付ける前に開いて箸を掴むと、銀時は皿の上の煮卵にざくりと突き立てた。 「……解ぁったよ、酔ってねぇな」 「……」 溜息と共に白旗を投げ捨てる勢いで揚げると、土方は寸時固まった銀時の手からそっと一升瓶を取り上げてカウンターの向こうへと戻した。 (まぁあの侭続けてたら喧嘩になりかねねェ空気だったし、別に良いんだけど、何だか俺のが駄々こねてたガキみてェな流れじゃねぇかコレ。つーか本当に酔っちゃいねェし) 酔っていたらそれこそもっと堂々と口説くぐらいは出来ていたに違いない。結果はさておいて。 思って銀時は両肩を落とした。煮卵を割り箸で二つに割って、おでんつゆを黄身に付けて口に放り込む。 クリスマスの夜に待ち合わせを言い出したのは銀時で、珍しく仕事の無かった(か、少なかった)土方もその約束に乗った。ここまでは良かった。 (何で待ち合わせ場所を橋の上とか言うクッソ寒い場所に指定しちまったんだ俺!橋のたもとにおでん屋の屋台がある事ぐらい知ってただろーが!って言うかそもそも橋の上って何だ、決闘か!) プランの当初からの破綻を後悔して頭を抱えても遅い。だから銀時は溜息も呑み込んで、煮卵の少し固い白身をさくりと前歯で砕く。 (折角のクリスマスなんだし、いや別に下半身的絡みの聖なる夜じゃなくて、ちょっとぐらいなんかこう、ムーディな…、で、でぇと?的なものをしてみたかったって言うか、イチャイチャしてみたかったて言うか…) 祭り事の雰囲気やら流行やらに乗りたいと言う程では無いが、綺麗なものを一緒に見てみたいとか、お互いに感想を言い合ってみたいとか、そう言う他愛もない様な思い出を作ってみたい、そんな願望は一応、人の子らしく銀時にも少しぐらいは、ある。少なくとも、無い事は無い。 辛子の味が少ししみて、銀時は猪口に残っていた熱燗を一息に飲み干して大きく息を吐いた。矢張り少しばかり酒臭かった。 それから暫しの間特に会話も無く、銀時はおでんを突き、土方は煙草をくゆらせるだけの時間が流れる。それは堪えかねる程に痛い種の沈黙では無く、ただの穏やかな時間でしかないものだ。 (まぁ元から、クリスマスだからどうとか、過ごし方がどうだとか、そう言うもんでもねェか…) クリスマスなんて、神楽がフライドチキンの皮を食べたいと言うとか、新八が姉ゴリラとケーキを連れて来てくれるとか、そんな、それだけの日なのだ。祭り事の大好きな町や人々は賑やかになるが、そもそも銀時は、よそはよそ、うちはうち、と言い聞かせていた側の人間だ。 「オイ、そろそろ店仕舞うからな。俺ぁゴミ捨て行って来るから、それまでには食い終わっとけよ」 「おう、旨かったよ」 おでん屋の親父がゴミ袋を持って歩き出すのを見送って、土方は煙草を消すとカウンターに頬杖をついて銀時の方をくるりと振り向いた。 「……………で?」 「……んお?」 溜息混じりに、喧嘩でも売る様な声音で言われて、銀時は大分ぬるくなった大根を咀嚼しながら声を上げた。 「結局てめぇは『何』をしてェんだよ?」 「……」 細めた眼には矢張り不機嫌らしきものは乗ってはいない様だが、矢張り口調はまるで喧嘩を売る時のそれである。 「混ぜっ返すなよ。漸く、サンタさんなんていないんだって気付いた子供の境地に至れたってのに」 「それ寧ろ退行してねェか?…まぁ何でも良いけどよ…」 なんとなくばつが悪くなって、頭を掻きながら少し苛々と言う銀時にもう一度、今度は酷く軽い溜息を吐き出した土方は、頬杖をついた侭で目元をほんの僅かに弛めてみせた。 「言うだけ言ってみやがれ。願い事をサンタが叶えてくれるかも知れねェだろうが」 「……おめーそれ七夕とか混じってねぇ?」 「何でも良いだろ、祭事が好きで、ついその雰囲気に呑まれるって事もある」 かも、な?と小声でそう付け足した土方は、短くなった煙草を灰皿で消すと、猪口に僅かに残っていた酒をそっと飲み干した。喉の滑りを良くしたかったのだろう、唇に綺麗な弧を描いて艶やかに笑う。 「クリスマス『らしい』デートとかな?」 「……お見通しかよ」 ふんと鼻を鳴らす土方の、嫌味な程に綺麗に形作られた笑みに向けて、銀時はまたしてもばつが悪く唇を尖らせて呻いた。と言うか承知の上なら早く言って欲しかった所である。 「…かぶき町でイルミネーションだか何だかやってただろ。あれでも見ながら歩いて、」 「どこかでケーキの一つでも買って、それからしっぽり決め込みますか」 指を立てて言った土方の手を取って銀時がそう続ければ、「結局それか」と笑いながらも満更でも無い様に土方は頷いた。ゆっくりと口を開く。 「…………叶いそうか?」 願いは。 穏やかな調子でそう問われて、銀時は手の中の温もりを感じながら返事をした。 デートっぽいものをしたかった銀さんと言う、大分前のリベンジと言うか焼き直しと言うか。 サンタは居た。 |