Story/モエかん
モエかん各ルートネタバレ解説と一部余計な考察やメモ。
※現状自環境でで読み直しの出来た、コンシューマ版及びモエかすを参照。

攻略ではありません。
ほぼほぼ読み直しメモとその注釈程度であり、個人的な感想文の様なものでもあります。
ストーリーラインをその侭追うのではなく、解り易さの為に謎の解答などから先に書かせて頂く事もありますので、物語を楽しみたいと言う場合にはご注意を。
飽く迄いちファンの個人的な理解の範疇ですので、公式の見解とは異なる点も多々あるだろう事を予めお詫び申し上げます。

=========================

 ●冬葉篇
モエかんの膨大な世界設定とかより、主人公の神崎貴広の──もとい、「人間」神崎貴広の物語。…と言った印象のルート。
冬葉と貴広の恋愛的な関係性を軸にして、似た境遇の両者(本篇中ではそうとは明言されていないものの)が結びついていくまでの話となっていて、全ルートの中である意味一番ギャルゲーしている。

貴広の設定、ナーサリークライムとしてどうたらこうたらと言う部分にはほぼ触れない為か、貴広の性格が一番人間くさくて、一番子供っぽくて、一番感情のぶれ幅がある。
過去は過去として設定面からの描写はきちんとされているが、飽く迄「過去」として扱われるだけで、他ルートと異なり飯島でさえも嘗ての貴広に然程に拘泥せず、ピンチに都合良く失われた能力が目覚めたりする事も無い。
だが、現在の状況からの未来を見据えて歩き出す様な前向き感もあり、物語の満足感はかなり高い。
(ただ、ファンブックなどを併読した状態からだと、設定の無駄遣い感はある)
他ルートをプレイし終えた後にプレイし、設定をなまじ念頭に置いていると、貴広が逆境をひっくり返してスッキリとか、力を取り戻して勝利するドラマチック展開を期待して仕舞いがちだが、そんなバトル的な事は一切起きない。
ゲーム内だけの話として読めば綺麗に完結している物語。貴広は「人間」で「所長」の侭、これからも平穏な島で生きていく。

=========================

・冬葉篇※ネタバレ含む大まかなストーリー

バベルの図書館とも呼ばれる広大な、2563号島の図書館司書メイドの一人である実相寺冬葉。
味覚馬鹿、デスクッキング、絵本コレクター、天然ボケ、世界のあらゆる言語を解せる、他者の心の痛みを我が事のように苦しんで仕舞う、人が本当に望んでいるものをプレゼントとして具現化させる、万能に近い癒しの力……、など少々盛り過ぎではないか設定(メタ)の彼女と、図書館に通う内に交流を深めていく貴広。

ある日「星の銀貨」と言う、結末の欠けた絵本を二人は読む。
それは自らの身を省みずに他者に施しと祝福を与える少女の物語であった。然し、全てを他者にあげて仕舞った少女はどうなったのかと言うオチの部分だけ、世界から消失して仕舞っていた。
Jesus and Mary Chainと言う世界の崩壊した日以降、こんな風になって仕舞ったものは多い。
少女はこの後どうなったのか、涙ぐむ冬葉に、貴広は即興で「真説・星の銀貨」としてオチをつける。
それは、旅の浮浪者のおっさんが少女の生き様に胸を打たれ、自分が冒険の末に手に入れた「星の銀貨」を贈る。銀貨は時価数兆円と言われたけれど、そんな価値は無かった。だけど、少女が他者に恵んだものを再び与えてくれる程度に価値はあった。そんなありふれた話だった。


ある時、島に貴広の命を狙う暗殺者が侵入する。
緊急配備中と言う事に気付かず貴広の部屋に、お勧めの絵本を届けに冬葉がやって来て仕舞う。
そこに窓から暗殺者が入って来て、目眩ましを食らったその隙に冬葉が人質に取られる。
(バッドエンドで、同じ目眩ましを貴広側がやって成功しているので、おい元情報部のエリートどうした…とツッコミたくなる場面)
暗殺者との会話から、貴広は暗殺者を本社の上の人間が誰か私的に送りこんだものだろうと判断。
発砲を邪魔した事で逆に撃たれそうになる冬葉を庇いに入った貴広は、大怪我を負ってとどめをさされそうになるが、そこに冬葉のプレゼント出現能力が出て、暗殺者が隙を見せる。然しそれをついた貴広の発砲をも冬葉は止め、暗殺者はスモークグレネードを投じて逃走する。
あの暗殺者が望んでいたもの。プレゼント箱の中身は古びた絵本だった。「マッチ売りの少女」。
失血に意識を失いかける貴広に、冬葉は高度な癒しの能力を使い、肉の中で砕けた銃弾を摘出する。それは一度や二度した事ではない、慣れた事の様だったが、能力を使い終えた冬葉の体調は酷く悪そうだった。
そこに、遠くから爆発音が響いて、貴広は現場に向かう。そこに居た霧島に訊くと、囲まれ負けを悟ったあの暗殺者が自爆したのだと言う。
追いついて来た冬葉は、暗殺者の男に絵本を、あの男が望んだものだと言う「マッチ売りの少女」を渡したいと言った。それは男が真に望んだものだったのは間違いないからと。
凄惨な肉塊を前に、どうせ卒倒するだろうと、貴広は投げ遣りな態度で、冬葉の好きにさせてやった。
(この騒ぎの後、普通〜にリニアと遭遇や鈴希追いかけっこなどが発生する為、この島の連中感覚麻痺しすぎや…!となる事請け合いポイント)


霧島に、冬葉は卒倒も怖じ気もせず絵本を、肉塊となった男に渡したと聞かされ、同時に、彼女の辿って来た経歴を目にする貴広。
本社でも滅多に居ない様な高レベルのヒーリング能力に因って、冬葉は幾度も戦地へ赴き、敵も味方も関係なく他者を癒し続けていた。何度も死にかけながらも、自らの意思で人を救いに行っていた。
やがてその活躍が敵からも味方からも信奉されるレベルになり、本社はその存在を煙たがった。そして、願わくば「運悪く」死ぬ様にと最前線へ何度も送り込み、それでも死ななかったから、この世界の果ての島に流されたのだ。
使うだけ使い、用済みになったらがらくた同様に棄てられた。まるで貴広の様に。
凄惨な世界を見て来た冬葉の昨日見せた行動は、慈愛を気取るだけの薄ぺらいものではなかったのだ。

貴広は廃墟で冬葉と穏やかなティータイムを過ごす。
穏やかな時間の中で貴広は、冬葉の過去を知った事を話し、癒しの能力やプレゼントの能力はもう使うなと言う。
過ぎたる奇跡は確実に何かを削る。貴広の負傷を癒した後の具合の悪そうな様子や、本社が利用をやめて棄てる結論に至った事を思えば、あの能力は冬葉の命を削っていて、今では侭ならない程に弱まっているのだろう。
冬葉はそれでも何故他者を救おうとしてきたのか。
癒しの力があったから。でもそれ以上に、他者が傷つく事に自身が堪えられないのだと冬葉は言う。
他者の、傷を負った痛みの想像が我が事の様に感じられて仕舞う。それは死ぬかも知れないと言う想像よりも、彼女の身を苛んだ。だから目の前で傷つく誰かを癒さずにはいられないのだ。
それが普通の事ではないとは解っている。だから、そんな性質は癒しやプレゼントの能力に付随した、病気の様なものなのかも知れないと彼女は言う。
心の痛みが強い人と相対すれば、その望んだものを与えようと勝手にプレゼントが出てくる。心でさえも癒したいと言う様に。
冬葉は、この島に居る、自分では全く気付いていないけれど、悲しい過去を背負った人の傍に居たいと告げるのだが、他者の好意に鈍い貴広は、自分の事だとは全く気付かずに聞き流して仕舞う。
そして冬葉は「太陽とクリスマス」と言う絵本を、語り聞かせてくれた。


翌日。この島に勤めるメイドの一人、柚羽に神妙な顔で、話があると言われて貴広は丘へ連れていかれる。彼女は先日爆死した暗殺者の妹だった。幼い姉弟を人質に取られ、自身も首に爆弾を付けられている。柚羽は何度も躊躇いながらも銃を取り出し、貴広に死んで欲しいと願う。
然し貴広の心はそんな悲劇には慣れすぎていた。動揺ひとつ見せず、いつの間にか取り出した銃を向けられた柚羽が逆に動揺した所に、異変に気付いた冬葉が割って入る。
冬葉を撃つ事は出来ずに、崩れ落ちる柚羽。冬葉は彼女に大丈夫だと声をかけ、プレゼント箱を現出させる。中身は首につけられた、爆弾付きのチョーカーを解除する鍵だった。
チョーカーを解除しこれで安心だと思った所で、しかし爆弾が起爆した。柚羽は咄嗟に冬葉を庇い致命傷を負う。
柚羽と兄を送り込んだ依頼人は、最初から二人を生かすつもりなどなかったのだ。家族もきっととっくに殺されている。それがカンパニーでは当たり前のやり口だった。
冬葉は癒しの能力を躊躇わず使い、柚羽と貴広の傷を癒すが、酷い衰弱に倒れて仕舞う。
そして柚羽は結局助からず、その事実は冬葉の心を痛めつけた。


一方、リニアもまた不調を起こして仕舞っていた。替えのボディに移しでもしないとリニアは死んで仕舞う。貴広は飯島に連絡し、リニアのボディの載せ替えの許可を求める。
然しボディを替えたらリニアのアンティーク価値は失われる。態とらしく渋る飯島に、貴広は自分の独断でやった事にすれば良いと言って、リニアのボディを載せ替え、救う事を押し通した。
貴広の完全な失脚を狙う飯島にとって、リニアの故障は正に絶好の機会でもあった。だが、謀略だとしたらこんな起こるかも解らない不確定な要素を使うだろうかと考えた貴広はふと、隷の置いていった時計を思い出し、その中からリニアの回路図を発見した。
これがあれば安全にボディの移し替えが出来る。これでリニアを救う事が出来る。早速おやじさんに回路図を渡した貴広は、仕事に出ようと無理をしていた冬葉に遭遇する。
絶対安静だと叱り付けられた冬葉は、貴広を見つめて言う。貴方は本当に自分の痛みには鈍感なのですね、と。


翌朝。土曜だと言うのにヘリの音、それも何機もの軍用ヘリがやって来た。霧島は泡を食うが、貴広には既に解っている事だった。責は自分だけが負う為に、霧島にもおやじさんにも何も話していなかったのだ。
カンパニーの武装警察を伴って来た飯島は、アンドロイドのボディの勝手な発注と、それによってリニアのアンティーク価値を損ない本社に経済的損失を与えたと言う咎を貴広に突きつけた。補填が出来ないのであれば罪人として拘束される。
貴様さえ大人しくし、PIXIESを動かす様な真似もしなければリニアに手出しはしないと飯島は言う。柚羽の家族の様な、人質と言う事だ。
選択肢が他にある筈もない。大人しく取り押さえられる貴広に、カンパニー法に反した容疑者としての立場を与える事で勝利を得るべく、手錠を持って迫る飯島。
そこに、弱りながらも駆けつけ、毅然と飯島に相対したのは冬葉だった。リニアの為の経済的損失とやらを支払えば筋が通り、貴広を連行する事は無くなる。それを確認した冬葉は、負債を自分が支払うと言い出す。
一般職員の一生の稼ぎの三倍以上の金額。払える訳もないと嘲笑う飯島。貴広は、冬葉は関係ない、出過ぎた真似だと言って庇おうとするのだが、そんな貴広に冬葉は言う。
この島に居る、悲しい過去を負った人。冬葉の力では癒しきれないほどの大きな心の痛みを抱えた人。その人は未だ痛みを負おうとしている。
冬葉は昨日、これから貴広がリニアの為に負うだろう途方もない苦痛を、自分の痛みの様に知ったのだ。
でも、そうやって痛みを自分が引き受けるだけでは駄目なのだと。リニアがそれで救われたとしても、リニアはそれで悲しみ苦しんで仕舞う。痛みの連鎖は尽きない。
だが、貴広は昔から痛みを己で抱え過ぎた事で、いつしか悲しみを鈍化させて仕舞っていた。それによって他の人がどう思うか、感じるかが解らなかったのだ。

一生の幸せなどと言うプレゼントは与えられないけれど、今日を穏やかに過ごす事が出来る、そのぐらいのものは贈ってあげられる。
そう言うと、貴広の制止を無視して、冬葉はプレゼントの能力を願った。
そして空から、光る星の様な大量の銀貨が降り注いで来た。
忽ちに生命力を損ない倒れた冬葉は、貴広を傷つける一切の事から、護ってあげたいと思ったのだと言う。他の誰を救えなくとも、好きになったたった一人の人だけは。
降り注ぐ銀貨に狂喜乱舞する飯島や警察を後目に、貴広は倒れて冷えていく冬葉を医務室へと必死に運んだ。


冬葉は肉体的に異常は無かったが、精神面に異常を来して仕舞っていた。
記憶喪失。そして敵意と緊張状態。まるで、冬葉の人格から、優しさと言う感情が消えて仕舞った様だと、島の医師である笹木は言った。

冬葉にとっても貴広にとっても悲しく辛い事になるかも知れない。笹木はそう忠告するが、貴広はそれから毎日足繁く冬葉を見舞った。
凍り付いた様に冷たく、迷惑だと言う拒絶の態度を取る冬葉の元に、所長の仕事だからと言い訳をして、貴広は毎日果物や絵本を持って、明るく振る舞いながら、医務室へ通い続けた。
めげない貴広のそんな奮闘もあってか、冬葉の精神から敵意や緊張はやがて消えていったが、塩対応は変わらない。
冬葉をああして仕舞った自分の責任もある。だが、物語に感動すると言う心さえ失った冬葉に、他人の痛みを自分のものの様に感じて仕舞う故に、自分が痛みを負おうとも世界の痛みを和らげようとしていた、そんな優しすぎる心を再び教えようとする事は正しい事なのだろうかと、貴広は悩む。

体調に問題はなく、性格は違えど問題はない。そんな冬葉が職務復帰出来る時期が近付いた頃、商品管理部の本部長から貴広に直接の連絡が入った。
内容は飯島の報告に出た、銀貨を降らせたメイド──冬葉について。貴広はのらりくらりとそれを躱して白を切るが、何れ正式な命令を送ると半ば恫喝気味に言われる。


司書として復帰した冬葉は、相変わらずしつこく様子を見に来る貴広に辟易とした態度を取りつつも、少しずつ様子は変わって来ていた。
入院中に貴広に渡された「雪のはなし」と言う絵本から雪に興味を示して調べ、流れでクリスマスを調べた。そして冬葉は嘗ての自分の手製の絵本であった「太陽とクリスマス」を見つけていた。
記憶を失っていても冬葉は、以前までの冬葉に辿り着いたのだ。その事実に貴広は、不明である冬葉の誕生日をクリスマスにしないかと言う。世界を祝福し続けて来たサンタクロースの祝福の日は冬葉に相応しいからと。
貴広は冬葉に、一生かけても返しきれない様な贈り物をされた。憶えていないし関係ないと言うかも知れないけれど、その所為で冬葉は心まで失って仕舞った。だからこそ今度は冬葉を祝福してやりたかった。
然し冬葉はそれを拒絶する。貴広の振る舞いは、昔の冬葉を突きつけ、今の自分などお構いなしで、迷惑で勝手で卑怯だと。

霧島に相談に乗って貰った貴広は、たった一人の人と痛みを共有する事を怖れるのは当たり前だけど、それはよくある、ありふれた事だと言われる。誰でも何処にでもありふれたそれを、貴広が解らないでいるだけ。
それは人を愛する事。愛して、愛される覚悟。それを貴広が迷っていたら、冬葉が困惑し怖がるのも当たり前。
とっとと言って来いと所長室から蹴り出された貴広は冬葉に、以前お茶を飲んだあの廃墟で明日、クリスマスイブの夕方に会う事を約束した。

その日の夜、本部長から急な異動命令が届いた。それは冬葉の商品管理部への配属を告げるものだった。
人事部にまで働きかけ、これだけ強引な手段を取ったと言う事は、それだけ本部長が必死になって焦っていると言う事。恐らく本部長は冬葉と言う金の卵を産む鶏を他の幹部には知られたくないのだろう。
つまり、これは正式な命令書でありながら、秘密裏に行われた事に間違いない。
決意した貴広は、自ら出向くと言ってヘリに乗る。天気は雨。必ず帰って来るから、島の何処かで待って居てくれと冬葉に伝える様に霧島に頼んで、神崎貴広は痛みしかない孤独な戦いへと向かった。

冬葉は約束した廃墟で待っていた。霧島に説明を受け、雨の中にいる事はないと説得されても、ずっとそこで待っていた。
記憶のない彼女は、貴広の優しさを受ける度に己の心が凍てついていると言う事実に気が付いて、それに怯えた。何も感じない様にした。
でも貴広は何度払ってもやって来た。毎日、どんなに邪険にされても。
その度心が温度を感じて怖くなった。凍てついた心が割れたら、そこからまた血が流れて仕舞うから。


雨の中、倒れた冬葉が目覚めたのはそれから三日後だった。クリスマスももう終わっている。貴広は戻って来ていない。きっと戻って来るからと言う、霧島の方が泣きそうだった。
もう眠って仕舞おうと冬葉は目を閉じた。

致命の弾丸を何発も身に受けて、貴広は海へと転落した。追ってきた飯島とその部下たちも、浮いて来ない彼を死んだのだろうと判断する。それはナーサリークライムと呼ばれた男にしては余りに呆気ない最期だったが、力を失ってただの人間となったのだから当然だろうと。
本部長の暗殺。それだけならば未だ逃げおおせたかも知れないと言うのに、何故か貴広はカンパニーでも最も警戒の厳しい、中央情報管理局に忍び込んだのだ。一体彼が何をしたかったのか。それは誰にも解らなかった。

冬葉が目を醒ますと、部屋の隅の暗がりに、血だらけの貴広が居た。
彼は、お前に渡したかったものだと言って、一冊の文庫本を取り出す。それは「星の銀貨」の原本。Jesus and Mary Chain以降に世界から失われ、カンパニーの中央情報管理局に保管されていたものだった。
傷だらけで、血だらけで、それを読む貴広と冬葉。物語のオチは、余りにもありきたりで誰でも思いつく様なつまらないものだった。どうして自分の為に、こんなものの為にこんなに傷ついているのだと、貴広を馬鹿だと罵って冬葉は泣いた。
貴広はいつか自分の即興で創った「真説・星の銀貨」のラストを諳んじて言う。
大冒険の末にその程度の価値。俺には、一生を通しても使い切れない様な有り余る幸福をお前に与える事は出来ない。
だが、今日一日だけでも、お前が健やかに生き延びられる、そんな希望ぐらいは俺にだって贈れるよ。
冬葉も返す。一生を通しても使い切れない様な幸福を貰ったと。
それなら、浮浪者のおっさんも大冒険をした甲斐があった。
だって、浮浪者のおっさんは、その女の子に恋をしていたのだから。
そう紡ぐなり、貴広の意識は闇へと呑まれた。無になっていく様な感覚の中で、然しその心は穏やかだった。


それから数ヶ月。記憶と感情を取り戻した冬葉は、司書メイドから看護メイドへと移っていた。然し治癒能力はもう無いから、毎日不慣れな仕事を必死に頑張っていた。季節が巡る中、ずっと。
浮浪者のおじさまのくれた星の銀貨を、少女に一生かかっても使い切れない幸福をもたらしてくれたそれを胸に抱いて。

貴広が目覚めたのは12月24日──丁度一年が経過した時だった。
貴広が怪我を負うと何年も寝込むとは聞いていたけれど、と驚きながらも安堵した様子の霧島。かずさも、リニアも、貴広の帰還を泣いたり笑ったりそれぞれ喜んでくれた。
心だけ戻っても、好きな人がいなくなったらその心は何処へ行けば良いのだと、貴広はかずさに叱られる。冬葉も彼女らと同じ様に、貴広が目覚めてくれるのをずっと待っていてくれたのだ。
貴方はもう情報部のエリートではなく、この島の所長なんでちゅから。霧島にもそう強く言われて仕舞う。

リニアはボディを替えてからすこぶる調子がよく、かずさも管理部から円満左遷し厨房で相変わらず働いている。霧島は、直接の上司が本部長暗殺の嫌疑をかけられたと言うのに、島を守り通してくれた。
貴広に「友達」が多い様に、霧島にも「友達」が沢山居るらしい。
飯島も島を潰すべくあれこれ暗躍していた様だったが、何故か飯島の方が失脚したと言う。

Jesus and Mary Chain以降、初めてのクリスマスパーティがその晩は開かれた。無礼講で騒いだ後、冬葉と貴広が並んで空を見ていると、雪が降ってきた。南国の島にきっと初めて降る雪。
これは冬葉が自分の為に起こした奇跡の、プレゼントなのかもしれない。そう思って貴広は笑った。

=========================

・冬葉篇まとめと補足

正直まとめてて、何処を削げばいいんだ…と頭抱えるぐらいに長くなったのは、このルートには殆ど無駄な事が無い故に。それでも大分省略しました…。
あらゆる事があらゆる事に結びつけられていて、伏線…とはちょっと違うものの、布石を置いてはそれを回収しているので、一気読みの読了感はかなり高いかと。
鈴希が見舞いの花を渡してから姿がエピローグでも出てこない事が気に懸かるぐらいで、大体の事は一応解決されているので、そのスッキリ感も大きいですね。
盛りすぎな冬葉の設定も、サンタにまつわる要素と思えば一応納得は出来ます。盛りすぎだけど。

ただ一つ。
貴広は結局一人で本部長を殺しに行っています。
(他ルートとは言え、)貴広は殺しの世界からは離れたいと口にしていても、敵であった柚羽の兄や柚羽を射殺する事にも躊躇いはありません。リニアや冬葉の為に自分を犠牲にする事も。それらの行動で(少なくとも己で解る程度の)痛みを負えない事も。
貴広の、人を殺して生き延びる様に育てられた凄惨な過去は、神崎貴広と言う人格を構築してきたものです。故に、それを幾ら否定しようが、避けようが、痛みがあろうが、降りかかった理不尽に立ち向かう手段として「殺害」と言う、決して褒められたものではない手段が最終的には選べて仕舞う人なのでしょう。
柚羽ら暗殺者は冬葉が割って入った為に殺さないで終わったけれど、躊躇い無しに本部長を暗殺し、中央情報管理局への侵入も無血とはいかなかった筈。
ナーサリークライムの力を取り戻していようが、失っていようが、痛痒無く死を与えられそうになる事も死を与える事も、貴広には物心ついた時からきっと余りに当たり前の様に、手の中にある様な事象だったのだと思われます。
そりゃ麻痺するし鈍化するもやむない事。冬葉はそんな貴広を癒したいとこれからも思い続けるでしょう。それでもきっと、漆黒に根ざした貴広の性質は変わらない。力があろうがなかろうが、変わらない。
物語に望んだハッピーエンドが与えられるのならば、きっと萌えっ娘島はずっと平和だから、貴広がもうそんな選択と痛みを負う事も無くなると言う事なのでしょうね…。

ナーサリークライムの力は取り戻していないにしても、一年寝て回復すると言う時点で、矢張り神崎貴広はナーサリークライムであって、今は一時的にその顕著な能力が失われているだけなのも間違いないのでしょう。
で、ちょっと気になる点なんですが…、飯島に追われて海に落ちたのは恐らく本社のある土地で、オープニングで飯島は本社から2563号島までヘリに乗っても丸一日かかると言っていました。
海に落ちた貴広があのずたぼろの状態でヘリを調達出来たとは思えないし、海を泳ぐのはもっと無理がある。そもそもヘリポート経由だったら2563号島の誰にも見咎められずに冬葉の部屋まで行くのは無理があると思うんですよ。
冬葉の部屋の暗がりから貴広が出てきたと言う事を考えると、海と言う水気のナーサリークライムにとって最適な場所から、鈴希の様に闇を渡って冬葉の部屋に移動して来たのかなとか。勝手にそんな風に思っておきます。
そう言えば本部長暗殺に赴く時も雨降ってましたからね。極東日没曰く、雨は水気の貴広にバフ効果がある様なので、やる気満々の顕れ。
つまり、目に見えて漆黒の能力は取り戻して(発現出来て)はいないものの、海や水中と言った水気に属するものの中でなら無意識の内に望む力を扱ったり、扱おうとしていたりしていると言う状態なのでしょうかね。
冬葉篇の後日談に当たるモエかすの「真夏の水着」のリニア篇でも、海に言う事聞かせようとしたり奮闘してますし…。


後はまあちょっとした余談ですが、「雪のはなし」の「雪」は冬葉であり貴広の事でもあるのかなとか。人があれこれと善い悪いを勝手に言っていると言う所とか。
漆黒と雪の白さとは真逆の様ですが、水気のナーサリークライム的に雪は無関係では無いですしね。リニア篇のエンディングもでしたが。

ともあれ、貴広の異常な、ギャルゲー主人公特有の鈍さとも取れそうな、他者への興味や感情に疎い事、理解出来ていない事などが全力発揮されているお話でもありますが、冬葉篇でそれは一応ちゃんと整合性と言うか設定を無理なく使っているなと言える部分でもあり、お前幾らなんでも鈍過ぎだろいい加減にしろともどかしくなる部分でもあります。


個人的な事ですが、物語としてはこのルートは好きなのですが、極端な設定厨である事と、冬葉を好きになれなかった事で、好きだけど好きになりきれない微妙な所を漂っております…。
とは言え冬葉でないと成立しない物語なので、物語は好きだけどキャラは余り好きになれなかったと言うのはちょっとよくわからん感情が働いていますね…。

=========================
=========================